昨日のカポエイラ読解講座で私を苦しめたコンマ君の問題についてお話ししましょう。まずみなさんは次の文を読んで意味が理解できますか?

彼女は笑いながらビリンバウを弾いているメストリのもとに駆け寄った。

「理解したけど・・・」という人に問題です。笑っているのでは誰でしょう?

ね!分からないでしょ?

もちろん彼女かメストリかのどちらかですが、決定的な決め手は文のどこにもありません。最終的には文脈で推測するしかないですね。でも、もしこの1文だけがポロっと与えられた場合、笑った人が誰かは永久に迷宮入りです。

しかしこれならどうでしょう?

①彼女は笑いながら、ビリンバウを弾いているメストリのもとに駆け寄った。

②彼女は、笑いながらビリンバウを弾いているメストリのもとに駆け寄った。

笑っているのは、①が彼女で、②がメストリなのは明らかですよね。

ポルトガル語の読解でもおんなじ問題が付きまとうんですよ。コンマがあるかないか、その位置一つで文の意味ががらりと変わります。

フレッジ・アブレウにもらった本から私が転載した文はこうなっていました。訳せるかどうかチャレンジしてみてください。本をスキャニングしたものなので、私は何も手を加えていません。

De certa época a esta parte entretanto, a capoeira está sendo apreciada com entusiasmo, fazendo parte, com os números obrigados de festivais esportivos.

この文の意味がどうもストンと分からなかったので、ブラジル人の友人に相談し、二人で頭を抱えていたのでした。そこでもしやと思い、帰宅後、印刷のかすれた、もともとの新聞記事をルーペでよく確認したところ、新聞記事は次のようになっていました。

De certa época a esta parte, entretanto, a capoeira está sendo apreciada com entusiasmo, fazendo parte, como os números obrigados, de festivais esportivos.

はい、これなら一件落着。「 fazendo parte de festivais esportivos.」とつながって、意味がスッと入ってきます。

それにしても「,」が2か所抜けていて、comoがcomになっていたのでした。その後、参加者に配信したテキストを新聞記事と付き合わせて点検してみると、あるわあるわ、誤植、欠落のオンパレードです。いくら元の記事が1936年のものとはいえ、フレッジの本が出たのは1999年ですからね。

でもカポエイラについて勉強するというのは、こういう経験も込みなんだと思います。これを「印刷されたものを頭から信じるでないぞ」というメッセージであるかのように理解するのは、単なるずさんな編集に対して好意的すぎるような気もしますが(笑)。

それでも何とかこの状況をポジティブに解釈しようと、読解講座の参加メンバーには、メストリ・パスチーニャの言葉を贈りました。

Capoeira é tudo que a boca come.

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