これでまた敵を作るかもしれませんが(笑)、カポエイラをしている人であれば、こういうトピックを頭においておいたほうがいいと思うので書きます。私の考えに賛同するしないに関わらず、カポエイラと真摯に向き合う人ほど、いつか誰かとこういう話題について話すときが必ず来ますので、自分はこう思うという立場を作っておくことは大切だと思います。

つまるところ世界中のカポエイラ、あるいはカポエイラの世界と逆にしてもいいですが、それらを支えているのはグループという活動単位だというのが今日の言いたいことです。今日、カポエイラという文化の中核を担っているのは、複数のグループが加入している連盟でもなければ、「ひとりカポエイリスタ」(グループに所属せず個人レベルでカポエイラに取り組んでいる人)たちではなく、グループです。

たとえば「ひとりカポエイリスタ」のみなさんにホーダの場を提供し、彼らを「養っている」のはグループです。そしてそのグループには他の人より早く来て、アラーミを取り、ビリンバウのチューニングをし、終わった後のモップがけをする人たちがいます。路上ホーダであれば、重いアタバキを担いで電車で帰る人、駐車料金を払って楽器を運搬してくれる人がいます。そういう影で動いてくれる人たちの集まりがグループです。

ブラジルからメストリたちを招聘し、日本にいながら本場のカポエイラを学べる場を提供しているのもグループです。年々困難になるメストリたちのビザの申請、グループによっては招聘経費をまかなうための日頃からの積立金があったり、ワークショップの場所確保、メストリの身の回りのお世話などなど、こなすのは当然グループのリーダーとメンバーたちです。

グループはメストリを頂点としたヒエラルキーで構成され、ときには理不尽な要求も生徒たちは飲まされます。良くも悪しくも、必ずしも人間として完璧ではないメストリを伝統の源泉として尊重し、見習わないことを含めて、すべてをその人から学ぶ、そういう構えでグループは成り立っています。それを時代遅れで、わずらわしいと感じる人が増えているとしても、カポエイラの伝承の場の中心はまだしばらくグループであり続けるでしょう。

グループに属さないことを積極的に選択した人、あるいは仕方なくそうなってしまった人、理由はいろいろあるでしょうが、結局はそういう人たちのカポエイラ・ライフというのは、どこかのグループの周縁で、その活動のおこぼれにあやかりながら成立しているというケースがほとんどです。たとえ「おひとりさま」のほうがベテランで、グループのリーダーのほうがカポエイラ歴として後輩だとしても、いわゆるカポエイラ界で責任ある立場として認知されるのは後者のほうです。もちろん実際には、ホーダやワークショップに参加していただくことでグループのほうも恩恵を受けるという見方をすれば相利共生の関係とも取れるわけですが、ホーダという「場」を提供するという順序から見れば、やはり中心にあるのはグループだと見るべきです。

例えばカプーの年末ホーダ。日本のカポエイラの風物詩となったあのお祭の賑わいを楽しみ、しばらく会っていなかった友人との再会に感激し、「あ~やっぱり人とつながれるのがカポエイラだよね」と打ち上げでしんみりつぶやく。でも私はどうしてもその裏を見てしまう癖がついています。「いやいや、あなたたちは、月さんやカプーのメンバーの尽力でつなげてもらっているんですよ」と。

あるいは去る1月の目黒道場の閉鎖。多くの人がその果たした役割を高く評価し、別れを惜しみ、道場主をねぎらいました。言うまでもなくあの場を必死に守り抜いてきたのはマゥン・ジ・オンサとフィーリョス(コハダン)のメンバーたちです。人々の寄せたコメントに嘘はないでしょう。しかし一歩引いて見たときに、当たり前ですが、あの拠点を毎月血のにじむ思いで維持してきた人たちと、イベントやホーダでその恩恵を利用してきた人たちに分けられます。きっと名古屋のうちの拠点も閉鎖されるときには「ありがとう」「お疲れ様」が数百件来ておしまいなんだろうな、と私は戦慄を覚えました。

日本のカポエイラを引っ張っているのは、各地で頑張っているグループたちです。

全国のグループに属しているみなさん。いまのグループに出会い、参加できていることに喜びと感謝を感じましょう。みなさんこそカポエイラという牛車を引いている牛です(失礼!)。カポエイラという大河の本流です。そして自分たちのグループを盛り立てていくこと、それはとりもなおさず皆さん自身がグループの活動に積極的に参加するということですが、そうすることが自分のためだけでなく、カポエイラ文化そのものをを支えているんだということに誇りを持ちましょう!