2019年1月20日、名古屋。私たちが、月謝改定を含めた来年度のグループの方向性についてメンバー全員で膝を突き合わせて話し合っていたまさにそのとき、東京ではマゥン・ジ・オンサ率いる目黒道場のお別れホーダが開かれていました。

私たちが日本で活動を始めた当時のことを思えば、日本におけるカポエイラの認知度は確実に高まってきているとはいえ、カポエイラ専用のスペースを経営・維持することはまだまだ容易なことではありません。思えばもう6年くらいになるでしょうか、まだ目黒道場がコハダンの時代です。私がアカデミアを開こうかどうか迷っていたとき、道場経営のメリット、デメリットいろいろな問題を教えてもらい、背中を押してくれたのもマゥン・ジ・オンサでした。アカデミアを名古屋にオープンした後も、私の心の中にはいつも目黒道場がカポエイラ道場の先輩的存在としてありました。

コハダンからフィーリョス・ジ・アンゴラへ。コンテンポラニアからアンゴーラへ転身した人だからこそ持ちうる寛容さと柔軟さで、目黒道場はスタイルを越えた交流の拠点として、日本のカポエイラの底上げに多大な貢献をしました。

日本のカポエイラの歴史に大きな足跡を残す居場所が消えることはほんとうに寂しいです。ただ「ひまわりは枯れてこそ実を結ぶ」とも言われます。facebookにメストリ・サムライが記した、元生徒マゥン・ジ・オンサに対する率直な敬意は、彼のメストリとしての度量を表すと同時に、一定の時間を経て、やはりこのタイミングだからこそ最高の形で訪れた雪解けだったような気がします。アンゴラ東京が引き連れていったキッズたちは、自分たち以上に子供らしい大人たちの姿にカポエイラの神秘の力を目の当たりにしたのではないでしょうか。バトンはしっかりつながれていると思います。

私としてもお別れホーダに駆けつけられず申し訳ない気持ちでいっぱいですが、マゥン・ジ・オンサに今一番言いたいことは、ごめんなさいよりも、ありがとうです!そして忘れてはいけない、むっちゃんにも。カポエイリスタの妻は苦労するものと世界中で決まっています。ましてやメストリやグループのリーダーの奥さんとなれば、なおさらですね。それはうちの妻を見ていれば分かります・・・。渡部さんがマゥン・ジ・ガト(猫)ではなくオンサ(ヒョウ)であれたのは、まぎれもなくともに戦ったむっちゃんあればこそですね。

Viva目黒道場!オブリガード、マゥン・ジ・オンサ!第2幕、張り切っていきましょう!Tamo juntos!