私たちのライン・グループでは、0時以降の配信は控えるという暗黙の掟がありますが、その晩、子供たちの寝静まった部屋に明るい小鳥の鳴き声が響きわたったのは午前1時を過ぎていました。あ~、またこれで炎上するか、と恐るおそる開いてみるとメンバーのイルカ君からでした。こんな時間に何事かと一抹の不安も覚えながら開けてみれば、造花のヤシの木をブラジルから運んでくれた仲間へのねぎらいと、私がアカデミアの壁に掲げた、マンジンガについてのコントラ・メストリ・シャンダゥンのフレーズに対する彼のコメントでした。やれやれ、と思いきや・・・

先日の記事にも写真を掲載してましたが再録しておきますね。

Se dominar para poder dominar
Ser educado com quem não tem educação
Respeita quem não respeita
Amar a todos uns perto e outros longe
Mandinga é a arte de viver bem com todos principalmente consigo mesmo

他人を意のままに動かすために、まず己を律すること。
礼儀をわきまえない者に対して礼を尽くすこと。
自分を尊重しない者を尊重すること。
ある者は近くある者は遠く、すべての人を愛すること。
マンジンガとはすべての人々とよりよく生きるアートである。とりわけ自分自身と。

5つあるフレーズのうち、イルカ君は「礼儀をわきまえない者に対して礼儀を尽くす」という一文が特に気に入ったと言います。以下、許可をもらって引用してます。

 シャンダウンの言葉ですが、最近思う所あって覚えたフレーズがあります。
それは「礼儀を知らない人に礼儀を尽くしなさい」というものです。
無礼な人に「無礼だ。失礼だ」と言うのは凄く簡単なんですね。だって相手が間違ってるんだから。
自分が正しい時ほどコメントに楽な時は無いです。そりゃ正しいんだから楽ですよ。相手を非難する事も楽です。正しいんだから。
でもそこからは何も生まれないと思います。ただ自分が正しいから「アイツが悪いんだ」。で、向こうが悪いのを指摘して何がしたいのか。その先が無い。ともすれば「俺は正しかっただろ」っていう自己満足に陥って終わる。
でも、「礼儀知らずな相手に礼を尽くせ」という言葉には「最終的には仲間になろうよ」と言うような優しさを感じます。単に間違いを指摘して終わりで無い。その先を見据えてる気がします。
最後の「『最終的には仲間になろうよ』というような優しさを感じます。単に間違いを指摘して終わりでない優しさを感じます」という感じ方は、私にはないものでした。たしかにね~、とうなずいてしまいました。

しかし私が感激したのは、彼自身の感じ方もさることながら、この学びの姿勢、メカニズムのほうでした。メストリ・ヘネは「Mestre não ensina. Aluno que aprende(メストリが教えるのではない。生徒が学ぶのだ)」と言います。動きにせよ考え方にせよ、メストリがいくらやって見せても、説いて聞かせても、最終的に学び取るかどうかは生徒の側の問題だということです。生徒に、学びの強い欲求があって、主体的に学び取りに行く姿勢がある場合にしか、本当の学びは生起しないということですね。

そういう意味で私自身がこれまで何度となく注意されてきたことは、「お前は出来上がったものを求めすぎだ」という点でした。ポルトガル語では、「Você tá querendo uma coisa pronta.」と言います。これは私自身がわりあい理詰めで理解して、また他人にも理屈をふまえて伝えたいと思うほうなので、ときにはメストリにも細かい説明を求めてしまうことがあったんです。メストリたちの言う「出来上がったもの(coisa pronta)」というのは、相手に全部解説してもらって、自分の頭で考える余地のないものという意味です。親に全部かみ砕いてもらったものを丸飲みしているだけだと、いつしか自分で噛む力を失ってしまうでしょう。結局は自分の頭で考えて、自分でつかみ取ったものしか腹に落ちないということなんですね。そして今日では、私もこれと同じことを生徒たちに言っています(自分も注意しながら)!

イルカ君の場合も、おそらく彼自身の個人的な文脈からこのフレーズがとりわけ心に引っかかって、ほかの人より1段も2段も深い解釈へと至ったのだと思います。こういう学びの場を目の当たりにすることは、教えている人間にとって何よりの報酬である気がします。段位もコルダゥンもないカポエイラ・アンゴーラですが、学び、成長は着実に起こっているんだと垣間見せられた出来事でした。おめでとう、イルカ君!

というわけで真夜中の小鳥の声もさわやかに聞こえたのでした。以上、感激のおすそ分けでした。