日本のカポエイラの第一世代の人たちがカポエイラと出会った経緯を見ると、多くの方々がダンス畑からアメリカを経由してブラジルのカポエイラにたどり着いているようです。私の場合はちょっと違っていまして、インディオの研究をするためにサンパウロ大学に研修留学していたときに、友人の紹介でカポエイラと出会いました。それも最初はパンデイロを習えるところを探していて、パンデイロならカポエイラで使われる楽器だからと連れて行かれたのがメストリ・ブラジリアのアカデミアでした。1995年6月のことです。

日本では国際協力という分野を専攻していたこともあって、ホーダを初めて見たときに、「愛知県にはブラジル人も多いし、これは日本とブラジルの交流の切り口として日本に広めたら面白いぞ」という直感を持ちました。ですからはじめから日本にカポエイラを伝えるんだというミッションを念頭において練習に没頭していましたし、同時に大学の図書館でカポエイラ関係の本をいろいろあさり始めたのです。この時点ではもっぱら国際交流という視点からカポエイラの紹介の仕方を考えていました。

しかしあれから23年あまり。今は3人の子供の父として、自然に親の視点からカポエイラの有効活用に思いを巡らすようになりました。誤解のないようにお断りしておきますが、これは子供に無理にカポエイラを押し付けるとか、まして将来カポエイラの先生になってほしいなどと願うものではありません。一人のカポエイラ人として私自身が日々多くの学びをカポエイラから得ているので、それらを子供たちの成長や身の周りのちょっとした「世直し」にも役立てられればという視点です。

「子どもはみんな世界遺産」。名古屋に本社を置く、ある出版社のキャッチコピーです。素敵な言葉ですよね。数年前、地下鉄の広告でこのフレーズを見たとき、ぞわっと鳥肌が立ちました。これ、これ、これだー、という感じ。心の底から共感できます。富士山も屋久島もいいですが、国籍を超えたほんとうの人類の遺産は、地球の未来を担う世界中の子どもたちだと思います。

少し話はそれますが、親がカポエイラのメストリで、子もカポエイラのメストリという親子はブラジルでも案外に少ないのです。もちろん「カポエイラの先生のくせに、自分の子供も説得できないのか」という見方も可能ですが、むしろ親子だからこその複雑な思いが絡んでくるのは、私たちの誰もが実感として理解できると思います。

実際うちの小6の長女はカポエイラをやりかけたものの、今はバスケに夢中。小3の長男もカポエイラとドッジボールの二足のわらじで頑張っていますが、いつまでつづくやら。そのドッジのチームが全国大会優勝の経験もあるところで、どうみても形勢はこちらの不利です!ただ小1に上がった次女がこの4月から練習についてくるようになったので、今はこのチビといっしょに片道1時間のドライブをパパは楽しんでいます。そんなもんですね。

さて、そんなわれらが「世界遺産」たちが出て行く世の中はというと、ちょうど昨日の『中日新聞』(2018年6月26日朝刊)に載っていましたが、高校生を対象に行った国際比較意識調査で、「私は価値のある人間だと思う」という設問に「全くそうだ」「まあそうだ」と答えた割合が、米国89%、中国88%、韓国75%、日本36%だったそうです。たとえ日本人が自分で自分の自慢をしない奥ゆかしい民族だとしてもですよ、「私ができることはいっぱいある」が米90%、中81%、韓70%、日本37%、「自分の希望はいつか叶うと思う」に対して米77%、中80%、韓69%、日本56%という数字を聞かされると、やはり心配するに値すると思います。これほど若者の自尊感情が低く、将来に夢を持てない社会というのは、どう考えても幸福度が高いとはいえません。

さらには日本の生きづらさの象徴のように毎度引き合いに出される自殺率。平成28年度自殺対策白書によると、平成15年の34,427人をピークに減少傾向にあるとはいえ、平成28年は21,867人。これは世界でワースト6位だそうです。他国との比較以上にショッキングなのは、日本人の死因を5歳ごとの年齢階級別に分析したところ、15歳から39歳の5階級で1位が「自殺」と判明。つまり病気でも事故でもなく、自ら命を絶っている人が一番多いということです。おそらくこの背後には数倍もの「毎日死にたいと考えている人」「死のうとしたけど死ねなかった人」がいるのだろうと思います。

もちろんこれが日本のすべてではありませんが、ひとつの側面であることは認めざるを得ないでしょう。悲しいことに「そういえば・・・」「確かに・・・」と、上のデータにうなずいてしまうような事例がわんさか頭に浮かびます。私たちの「世界遺産」が暮らしている世界はこういう現状にあるということ。私たちがカポエイラを楽しんでいる場もこういう世界だということです。そして私としては、このような日本社会をもっと楽にしなやかに生きたいと思ったときに、カポエイラ的な発想から多くのヒントを得られると考えています。(つづく)