☆★ブラジルの格闘ダンス・カポエイラの魅力を紹介し、その深みを探求するサイトです!★☆

ブログ ☆★Roda de Papoeira★☆

なんでバカ殿はよくてネガ・マルーカはだめなのか?



前回ダウンタウンの浜田さんの話が出たので、「決して笑ってはいけない話」をひとつ。

リオ・デ・ジャネイロのとある高級ホテルで行われた国際学会でのこと。白人男性がホテルに近づくとドアマンは「Hellow, How are you?」と声を掛けました。その男性が「Olá, tudo bem.」と答えると「あぁブラジル人でしたか」と言ったそうです。その時後ろから来た黒人にドアマンが「荷物はそこに置いといてくれ。すぐ応対するので」とポルトガル語で言うと、その男性は首をかしげました。彼はアメリカ人の著名な学者だったのです。

お分かりでしょうか?ドアマンは白人をアメリカ人の学者だと思い、黒人をブラジル人の付き人だと「自動的に」思い込んでしまいました。この「自動的に」というところがミソなのです。多くのブラジル人は、その人の肌の色で「自動的に」その人の能力や社会的地位を連想してしまうように脳のプログラムに書き込まれてしまっています。これが人種主義(racismo)の正体です。

ブラジルでは、医者や弁護士、国会議員、大学教授、ニュースキャスターや映画・ドラマの主役など、社会的に影響力があって給料も高く、人々から尊敬を集める職業はほとんど白人によって占められています。いっぽうで清掃人や肉体労働、家政婦などの圧倒的多くは黒人です。このように言うと決まって「貧乏な白人だってたくさんいますよ」という人がいます。しかし同じ貧乏人でも、同じ能力であれば企業の面接で先に採用されるのは白人ですし、経営が傾いて先に解雇されるのは黒人です。

そうそう、ここでもう一つ「笑えない話」を思い出しました。

ある研究者が、「あなたは白人であることで得をしてると感じたことがありますか?」という調査をあらゆる階層の白人に行いました。すると白人のホームレスは「自分は物乞いにショッピングセンターに入れる」と答えたそうです。つまるところ、どこまで行っても黒人は不利な立場に置かれているということですね。

このように肌の色が、あたかも人間としての優劣であるかのように扱われる社会では、誰もが黒い肌、黒人的な容姿を忌み嫌い、より白くなりたいと願うようになります。私が日本語字幕を付けたガビ・オリヴェイラさんの動画で彼女が語るのは、「平たい鼻」「縮れた髪の毛」「突き出たあご」「歯ぐきの色」などネグロイドの特徴が、常にからかいの対象にされ、黒人の子どもたちはコンプレックスを抱えて育つという話でした。

このような文脈でネガ・マルーカのことをとらえ直してみてください。

「ネガ・マルーカはただのユーモアだよ」と思われる方は、なぜそもそも白人が黒塗りをするだけで笑いになるのかを想像してみたことはありますか?私たちは何に面白みを感じるのでしょうか?黒塗りをしたコメディアンが演じるのは、決まって飲んだくれで、怠け者で、文法的に不正確な言葉を話し、まぬけなキャラクターです。要は演じる方も観客の方も、黒人に対する差別的なイメージを共有しているからこそ、それが「笑い」として成立してるんです。もし観客が同じような偏見を持っていなければ、何が面白いのか伝わらず、コメディになりませんよね。つまりネガ・マルーカで笑えるというのは、差別的な土壌があって初めて通用する話なのです。

だからいくら演じる人に「悪気はない」とか「差別的な感情はない」と言ってもダメなのです。この問題は個人的な感情の問題だけではなく、社会的な構造の問題だからです。ネガ・マルーカを許してしまうこと自体が、差別的な社会のあり方を補強してしまうことになるのです。

さらにネガ・マルーカは、爆発したような大げさなアフロヘアー、不自然に口紅をはみ出した唇など、黒人の容姿を茶化しています。それを笑いものにするたびに、私たちは黒人たちに結びつけられたネガティブなイメージを再確認し、それを再生産することに協力してしまっていることになります。その結果、ホンモノの黒人女性を見て「あっ、ネガ・マルーカだ」などとのたまう無邪気な白人の子どもたちが出てきたりするのです。自分のお母さんや、妹や恋人がネガ・マルーカだと言われる息子、兄、彼氏の気持ちを想像してみてください。もちろん言われた本人の苦痛はいうまでもありません。それでも「ただのユーモアだよ」と言えますか?

黒人の容姿はコスプレではありません。都合のいいときだけ黒人になって、黒人に対する偏見を元手に笑いを取って報酬を得る。あとはシャワーを浴びればいつでも白人という安全圏に戻れる。これがネガ・マルーカです。

最後にもうひとつだけ。上に見たような批判に対し、「いやいやネガ・マルーカは黒人に対するhomenagem(敬意、尊敬)だ」という人たちがいます。これこそ文字通りの「決して笑ってはいけない話」ですが、そのような人には「敬意」という言葉の意味を学びなおしていただく必要があるかと思います。

さて、これまで見てきたネガ・マルーカの話と志村けんのバカ殿が根本的に違うのは、もう皆さんご理解いただけますよね。顔に色を塗ってギャグをするという共通点だけで、2つを同じ土俵で論じるわけにはいきません。念のため補足しておけば、バカ殿が笑い飛ばしているのは、支配者のトップたる将軍ですね。抑圧される側の民衆が権力を茶化すのは、それこそユーモアの王道であって、何の問題もないどころか、最も健全なユーモアのあり方だとも言えます。

前回の記事「ネガ・マルーカにNOを!ブラジルを愛すればこそ」には多くの方から反響をいただきました。多くは「デリケートな話題をよくぞ取り上げてくれた」という賛意のものでしたが、それにまじって「悪意はないのではないか」「所詮はユーモアなのだから、これを楽しめるセンスを磨くべき」という意見もいただきました。どちらにせよ、コメントをいただいた皆さん、本当にありがとうございます。別に読み流してそのままにしておけるものに、あえて自分の考えを表明する手間を惜しまないということは、コトを前に進めていくにあたって非常に大切なことだと思います。今後ともブラジルのいいところ、よくないところ両方からたくさん学んでいければと思います!よろしくお願いいたします。

ネガ・マルーカにNOを! ブラジルを愛すればこそ

https://www.hojeemdia.com.br/almanaque/mais-voc%C3%AA-%C3%A9-acusado-de-racismo-por-fantasia-de-nega-maluca-1.433726から転載


みなさん、ネガ・マルーカ(nega maluca)って聞いたことありますか?

黒人女性の身体的特徴を大げさに表現して仮装した人のことを言うポルトガル語です。肌を黒塗りし、極端なチリチリヘアーに分厚い唇。胸やお尻には詰め物をして、過度に性的なアピールをすることもあります。negaは黒人女性の意味で、malucaは「狂った、ばかげた、奇妙な」という意味なので、どう好意的に訳してもネガティブな意味は免れません。

先日、私が日本語字幕を付けてyoutubeに投稿したガビ・オリヴェイラ(Gabi Oliveira)さんの動画を見ていただいた人は、彼女が「子供のころネガ・マルーカとからかわれて非常に傷ついた。子供は特にそういういじめに敏感だ」と話していたの覚えてますか?あのネガ・マルーカです。



ブラジルではネガ・マルーカと呼ばれていますが、より一般にはこういう仮装行為をブラック・フェイスと言います。アメリカ合衆国やブラジルなどアフリカ系の人口が多い国は言うまでもなく、世界的な常識として、ブラック・フェイスは完全に人種差別的行為とみなされています。

http://www.asyura2.com/17/senkyo237/msg/794.htmlから転載


ところが「人種的」な多様性の低かった日本社会では、人種的な問題、とりわけ黒人に関する問題について非常に感度がにぶく、2年前にもダウンタウンの浜田雅功さんが「ガキの使い!大晦日年越しSP 絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時」(日本テレビ)の中でエディ・マーフィーに扮して黒塗りをし、外国メディアからの抗議も受けて、日本テレビがそのシーンをカットするという問題が起きています。「ブラックフェイス」「浜田」でググれば、関連記事がたくさん出てきますので、この問題を考えるきっかけにぜひ目を通してみてください。

さらには日本のブラジル・コミュニティーには、ネガ・マルーカに扮して各種イベントを盛り上げるのを仕事にしているブラジル人コメディアンもいて、それに対する批判がほとんど見られないという現状もあります。みなさんも東京や名古屋、浜松などのブラジル・フェスタで見かけたことがあるのではないでしょうか?多くの人たちは、あれを面白おかしく受け入れ、一緒に写メを撮ったりしてはしゃいでいます。

https://www.facebook.com/Nega-Maluca-Japan-243080512534489/から転載


ちなみにこのコメディアンのfacebookには「クロちゃん Nega Maluca」というタイトルがつけられていますが、この「クロちゃん」という呼び方は、私がブラジルの日系人の方々の口から非常によく聞いた呼び方です。私がサンパウロの邦字新聞で記者をしていたころ、「あんたブラジルで何しよるの?」「どこでポルトゲイス覚えたの?」とよく聞かれました。もちろん私はカポエイラの話をするのですが、その時決まって帰ってきた答えが「カポエイラって、あの黒んぼの?」「クロちゃんの?」というものでした。高齢の方ほど、このような言い方をする人が多かったです。私はブラジルに渡って歯を食いしばって頑張った移民の方々に心から敬意を持つ人間ですが、この点だけは日系人の皆さんのためにも、指摘させていただきたいと思います。

アフロ・ブラジル文化の代表たるカポエイラやサンバをたしなむ者の一人として、私はネガ・マルーカ、ブラックフェイスに断固反対を表明します。

前に「世直しの道具としてのカポエイラ」でも書きましたが、カポエイラが生み出された文脈、そこから派生してくる社会的な役割として、人種間の平等や共生のあり方を考えるということがあります。しばしばカポエイラのホーダをミクロなホーダ(roda pequena)、私たちの生きる社会をマクロなホーダ(grande roda)と表現することがありますが、その大きなホーダで我々がするジョーゴの一つの形は、たとえばネガ・マルーカをきちんと批判するということだと思います。

よく言われる、カポエイリスタ(capoeirista)とカポエイラ・プレーヤー(jogador de capoeira)の違いも、この辺りが分かれ目になってきます。あなたはどちらですか?

ブラジルのネット番組に久保原が出演します(8/1)

今週の土曜日、8月1日の19時からJapão Aquiという在日ブラジル・コミュニティーのネット番組に久保原が出演します。

Japão Aqui     https://www.facebook.com/japaoaqui/

19:00-20:00のヘナト・ブランダゥン(Renato Brandão)さんの番組で、私の出演部分は最初の20分ほどになる予定です。

内容はもちろんカポエイラに関するインタビューですが、LIVEで視聴者からの質問もその場で受け付けているようなので、「いつカポエイラを始めたんですか?」「どうやってカポエイラと出会ったんですか?」など、通り一遍のやり取りにしないためにも、皆さん、ぜひぜひ何か面白そうな質問を送ってください。質問は日本語OK。番組下のコメント欄から送れるそうです。

ポルトガル語の勉強にもなりますので、興味ありそうな人がいたらシェアをお願いします!

安い・深い・面白い!カポエイラのポル語読解講座 8月5日スタート!



先日お知らせした「カポエイラしか読まないポル語読解クラス」の打ち合わせミーティングを昨晩行いまして、以下のように概要が決まりました。まだ少し定員に余裕がありますので、参加をご希望の方は久保原までご連絡ください。「安い」「深い」「面白い」と3拍子揃った、まさにカポエイリスタ向けのスペシャルな企画です!

Zoomを利用するので、時間さえ合えば世界中どこからでもご参加いただけます。

とりあえず8月5日からのスタートで準備を進めています。ということはその1週間前までにはみなさんに課題を配信していないといけませんので、参加希望の方は早めにご連絡ください。

■日時:毎週水曜日 午後9時から10時 Zoomを利用します。
■進め方:
①決められた範囲を参加者全員で訳してきます。
②その週の担当者が翻訳を発表し、久保原が補足、解説をする。
③発表者以外の参加者も疑問、質問を自由に行う。
④欠席した人にはその日の日本語訳文を配信する。
■読むテーマ:古いメストリたちのプロフィールやカポエイラの歴史について、なるべく平易なものから始める。
■参加費:3,500円(月4回の月謝制)

この講座の目的は、まずなによりもカポエイラに関する文を自力で読み進められる力をつけようというところにあります。ブラジルから遠く離れてカポエイラに取り組む私たちにとって、カポエイラについて書かれたものを読むというのは、非常に大切な栄養源です。それをいつまでも誰かに噛み噛みしてもらったものを口を開けて待っているなんて他力本願では情けない!ここはひとつ自分で読めるようになって、読めない人たちに噛み噛みしてやろう、とまぁ、そういう人ばかりである必要もないのですが、趣旨はそういうことです。

参加者のみなさんのポル語学習歴もバラバラなので、始めたばかりの人は課題を全部訳す必要はありません。自分のできる範囲で頑張って、残りはほかの発表者の訳を聞いているだけでも全然OKです。ポル語もさることながら、日本語の解説を聞いてるだけでもカポエイラについていろいろな好奇心が刺激されると思います。もちろん私もまだまだ学んでいる途中ですので、「教える」なんておこがましくてできませんが、少なくとも「あの人はこんなことを言ってる」「こんな批判もある」「他にこんな文献もある」などと様々な見方をお伝えすることで、みなさんがカポエイラをより広く深くとらえられるお手伝いはできると思います。

参加費についてもカポエイラへの恩返しの意味も込めて非常にシンボリックな価格に設定しました。通常のポルトガル語レッスンと比べれば1コマ分にも満たない価格を月謝としています。

その他、この講座に関してご不明な点がありましたら遠慮なくお問い合わせください。お申込み、お問い合わせはliberdade@magic.odn.ne.jp(久保原)までお願いいたします。

私が死んだらグループはどうなるか?



こういう物々しいタイトルをつけると見る人が増えるので、ちょっと調子こきましたが、今日の練習でした話を少し膨らませてシェアしたいと思います。

日本では少しずつ練習できる環境も戻りつつありますが、ブラジルではまだまだ外出が厳しく制限されている状況が続いています。結果として今回のコロナ自粛は、様々な形で私たちにカポエイラを見つめなおす時間的なゆとりを与えてくれています。

いきなり自分を殺してしまわないまでも、たとえば3年後の自分はどんなカポエイラをしているんだろうか、していたいんだろうか、とそういう問題です。今日はそれをグループのメンバーに問いかけてみました。

趣味としてカポエイラを続けていくという人は、3年後自分はどんなジョーゴをしているのか、バテリアでどの楽器を弾いているのか、ラダイーニャは歌えているのか、ポルトガル語も少しは分かるようになっているのか。

カポエイラを教える立場になりたいと考えている人は、どういうタイミングで、どこで自分のスペースを持ちたいのか?それには何が足りなくて、いつまでにそれらをするのか?それまでに何回ブラジルの地を踏めているか、ポルトガル語でブラジル人のメストリたちと日常会話ではなくカポエイラについて話せるようになっているか、生徒たちがしてくる質問にきちんと答えられるようになっているか?

グループとしてはどうか?メンバーだけでホーダを囲めるだけの人数が集まっているか、グンガを任せられるメンバーは何人育っているか、ブラジルに行ったことのあるメンバーは何人くらい増えているか、カポエイラの歴史や社会問題などについて話し合えるようなコンディションは整っているか、それまでにメストリは何回来日しているか?

日本のカポエイラはどうなっているか?きちんとメストリについたグループが増えているのか、youtubeで学んでホーダを渡り歩く人のほうが多数派になっているのか、スポーツ、エクササイズとしてだけ広まっていくのか、あるいは文化的な側面、社会問題とのつながりにもヴィジョンが広がっているか?

5年後、10年後、20年後はどうか?

年齢的にもとっくに人生の折り返し地点を過ぎた私としては、自分の死んだ後のグループのこともチラリとは考えますよ。子供が継ぐわけでもないし、では今の生徒の誰かが引き継ぐのか?ん~、それも今のところなさそうだ、となればその時点でおしまいです。残された家族に迷惑をかけないためにも、適当なタイミングで道場もたたまなくてはいけないでしょう。

でもこれは何も私だけの問題ではないわけです。非常に不謹慎ですが、いずれは現実となる話なので、あえて書きますが、ちょっと想像してみてください。例えばメストリ・カミーザが亡くなった後のアバダ・カポエイラ、メストリ・スアスナが亡くなった後のコルダゥン・ジ・オウロ、メストリ・ジョアン・グランジが亡くなった後のアンゴラ・センター、メストリ・クラウジオが亡くなった後のアンゴレイロス・ド・セルタゥンはどのような形になるのでしょうか?

いっぽうでメストリ・アナニアスが亡くなった後、ジョアン・ピケーノが亡くなった後のグループはどうなったでしょうか?レッスンにせよ、ホーダにせよ、メストリがいた時と亡くなった後では、同じわけはありません。今日私たちが仰ぎ見ているメストリたちは今後20年から30年でほぼ全員いなくなります。そのときにカポエイラはどんな形で続いているのでしょうか?自分自身はその時、どんな立場で何をしているのでしょうか?

メストリたちの訃報に接するたびにコントラ・メストリ・シャンダゥンは私たちに言います。A nossa responsabilidade só aumenta(我々の責任は大きくなるばかりだ)。

記事のタイトルをストレートに受け取られると困りますので、もう一度確認しておきますが、私がここで言いたいのは、自分が死んでもグループが存続するように今から備えておこうということではなく、これから10年、20年後のカポエイラ界全体をイメージして、私たちがどんなバトンを引き渡せるのか、もう一度考えてみよう。さらに、残された時間を逆算して、今やっておかなければならないことは何かをクリアにしようということです。

私の場合、コロナの影響で自宅勤務になり、今までの通勤時間をこうしてカポエイラの記事やポルトガル語の動画制作に充てられています。もちろん今のコロナが長引いてほしいなどとは思っていませんが、今のうちにまとまったインプットをしておかないと、元の生活リズムに戻ったら今のようにはいかないなという一抹の焦りも感じています。災いがもたらした時間的なゆとりを利用して、改めて今後の自分のカポエイラの進路や速度を見直しているところです。

※今朝がたfacebookで、バイーア南部の町イタカレのカポエイラのパイオニア、メストリ・ジャマイカの訃報が流れてきました。これでまた一つ私たちの責任が大きくなりました。

  • Facebook
  • Hatena
  • twitter
  • Google+
PAGETOP
Copyright © カポエイラ入門 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.